プロヴァンス滞在記   − 巡礼地にて −

5.サント=マリー=ド=ラ=メール (STE-MARIES-DE-LA-MER)
伝承によれば…

紀元40年頃、聖母の妹マリア・ヤコベ、ヨハネの母マリア・サロメ、召使いのサラ、大ヤコブ、ラザロ、ラザロの姉妹マルタとマグダラのマリア等が、帆も櫂もない船に乗せられエルサレムを追放された。


彼らが辿り着いたとされるのがサント=マリー=ド=ラ=メールだ。




お祭りのハイライト、浜辺への行進と海からの祝福
Procession a la plage et BENEDICTION DE LA MER


辿り着いた使徒たちは、この地に小礼拝堂を建てた後、各地へと布教へ向かったが、マリア・ヤコベ、マリア・サロメと召使いのサラはこの地で生涯を終え、その遺体は信仰の対象になった。

さて、エルサレムに一番近い海からここまで一体どれぐらいの距離があるのか? それも、帆も櫂もない小船で??
『常識的』に考えれば、とてもありえない話だと私達は感じてしまうのだが、それを信じることから始まる宗教の世界では、これは巌とした『事実』なのである。
そしてまた、この地からプロヴァンスでのキリスト教の布教が始まったと硬く信じられてもいるのである。


聖遺物箱。
二人のマリアの遺骨が納められている。


この宗教故事に因み、毎年5月下旬のマリア・ヤコベの祝日と、10月下旬のマリア・サロメの祝日には盛大なお祭りが行われる。

まず教会で盛大なミサの後、2階の礼拝堂(CHAPELL HAUTE)から聖女達の遺骨を納めた聖遺物箱が下に降ろされる(DESCENTE DES CHASSES)。
5月の巡礼ではその後、ジプシー達が教会からサラ像を担いで街から海へと練り歩く。

2日目には、教会内にある『小船に乗った2人のマリア像』を人々が担いで街を練り歩き、海へと運び、祝福を受け、また戻る。
その後、聖遺物箱を2階に揚げる儀式があり(REMONTEE DES CHASSES)、お祭りは終わる。

5月のお祭りでは更に翌日、バロンセリ伯爵を記念するお祭りが行われる。

海で祝福を受けるマリア像。
人が多くてわかりにくいが、
ここは海の中、ヒザ位の深さの所。





マリア達の召使いだったサラは黒人で、ジプシー達の守護聖女として崇拝されている。

その為、5月のお祭りはジプシー達の巡礼でもあって、ヨーロッパ中からジプシー達がこの街へと押しかけてくる。

お祭りの期間、街中はジプシーと観光客であふれかえり、昼夜を問わず街中で歌い踊り…一種異様な雰囲気になる。

一時期大変人気の出たジプシーキングスも、有名になる前はここでよく演奏していて、それがデビューのきっかけになったとの話だ。




彼は誰だろう?有名人らしい。
通りがかる人が皆挨拶して、写真を撮っている。
その都度、ポーズを取ってくれるのだが…。


ノートル=ダム=ド=ラ=メール教会は、聖女たちが建てた小礼拝堂の上に9世紀中頃に作られたが、度重なるイスラム教徒の攻撃に対する為、完璧に要塞化された。

分厚い壁にごつい胸壁、銃眼に石落し、2階の天守閣等、意識して見るととても面白い。

てっぺんの十字架がかろうじて教会であることを示しているが、外見は要塞そのものだ。

有料ではあるが屋根の上に登ることも出来る。
ここからのカマルグの眺めはなかなか素晴らしい。




ジプシーの兄弟
現在のサント=マリー=ド=ラ=メールはカマルグ観光の拠点であり、また、ヨットハーバーや広大なキャンプ場もあり、夏にはリゾート地の雰囲気が漂う小さな街であるが、訪れるならぜひとも5月の巡礼の時期をお勧めする。



(2003/10/10作成)
ノートル=ダム=ド=ラ=メール教会の屋上で。



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