プロヴァンス滞在記   − 巡礼地にて −

3.ヴェズレー (VEZELAY)
ヴェズレーは、9世紀末にサント・マドレーヌ・バジリカ聖堂(Basilique Ste-Madeleine)に収蔵されたマグダラのマリアの聖遺物(遺骨)を目当てに、中世はたいへん人気があった巡礼地である。
特に12世紀にはローマ、エルサレムやサンチャゴと並び称されるほどであった。

ところが1279年、マグダラのマリアの『遺骨』がまだプロヴァンスのサン=マキシマンにあり、ヴェズレーの物は偽者と判明してからは急速に人気がなくなってしまった。
その後は衰退の一途でフランス革命時にはかなりの破壊も行われたが、19世紀末になってようやく復興が始まった。 例によってヴィオレ・ル・デュック(注1)の指揮による。


注1 : 多数の中世建築の復元を手がけている。特に有名なのがカルカッソンヌ。プロスペル・メリメが注目し1855年に復元が始まるまではカルカッソンヌも荒廃したただの石切場と化していたようだ。


サント・マドレーヌ・バジリカ聖堂(Basilique Ste-Madeleine)


この聖堂で有名なのはファッサードから入ってすぐ、ナルテックス(注2)と呼ばれるところにある『精霊降臨』の場面を描いた彫刻だ。
キリストの手から発せられる光線が使徒たちを打つというものでこの時代の彫刻では最高傑作とよく言われている。
側廊の柱頭の彫刻群もとても面白く見逃せない。


注2 : ナルテックス(玄関間)、初期キリスト教ではここから先は洗礼を受けた者しか入れなかった。


有名なタンパン
ブルゴーニュ・ロマネスクの傑作といわれる。


余談だが、この聖堂に見られるような、内陣を取り囲む周回廊がある構造はフランスから始まったもので、当時巡礼者を多く迎える各教会にとっては画期的な工夫だったようだ。

聖遺物目当てに詰めかける巡礼者達の出す騒音と体臭は当時教会側にとって悩みの種で、この構造により、押し寄せる巡礼者達を効率よく流れにのせて出口に向かわせることが出来るようになったわけだ。


夕方の聖堂内
色の違う石を交互に使った柱が印象的だ。


またこの地はパリ、ニーム、ル・ピュイと並んで『サンチャゴ巡礼案内』で紹介されているサンチャゴ巡礼の出発地の1つ(注3)である。
各地から巡礼者が集まってきてここから『サン・レオナールの道』と呼ばれるルートを辿ってサンチャゴへと旅立っていったのだ。

しかしながら、現在のヴェズレ−は往時の喧騒や人気ぶりを全く感じさせない。山中に突然現れる小村にすぎず、車だとうっかり通り過ぎてしまいそうだ。


注3 : 『サンチャゴ巡礼案内』によれば、北から『トゥールの道』『サン・レオナールの道』『ル・ピュイの道』『サン・ジルの道』の4つのルートがフランス国内の主要巡礼路として紹介されている



(2003/05/13作成)
ここが街のメインの通り。
夕方とはいえ、
往時の喧騒など想像もつかないくらいの静かさだ。





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