プロヴァンス滞在記

51.マルセイユ (Marseille)

マルセイユの街の名前は、紀元前600年頃に作られたギリシャ系民族(ポカイア人)の植民都市:マッサリアが由来と言われる。 ポカイアの街と呼ばれることがあるのはこのためだ。

当時から商業都市として栄え、ローマ属州(プロヴァンキア・ロマーナ)の時代も同盟都市として自治を維持していたが、3世紀頃に自治権を失い、ローマの一都市となる。
中世中期頃からマルセイユは再びその港を背景に繁栄し、近代を経て、現在では特にフォス湾コンビナートを背景に商工業主体の大都市へと発展した。




マルセイユ(Marseille)旧港


フランス第二の都市、マルセイユ・・・。

私は大きな街が苦手で、マルセイユは車で通過してばかり、立ち寄ることは滅多にないのですが、それでも必要に迫られて時々街中を歩きます。

で、どうせ行くならやっぱり観光も・・・というわけで、数少ないマルセイユ観光のお話を・・・。





マルセイユ(Marseille)旧港。
10年以上前の写真です。



ノートルダム・ド・ラ・ガルド(守護聖母)教会
Basilique de Notre-de-la-Garde。

マルセイユ市街を見下ろす丘の上のに建つ教会。19世紀に建設された。
旧港からはかなりの登り坂で、徒歩20分くらいかかるだろうか?
まだ新しい教会のため、個人的にはあまり興味が湧かない建築物だが、丘の上からの街の眺めはとても素晴らしい。

塔の上で金色に光り輝く聖母像は、遠く海上からもとても目立ちます。




イフ城から見るノートルダム・ド・ラ・ガルド教会


サン=ヴィクトール・バシリカ聖堂(Basilique St-Victor)

5世紀に聖カシアヌスによって建設された聖堂が地下にある。

イスラム教徒の来襲で聖堂が破壊され、その上に新しい聖堂が11世紀初頭に建築された。
その後も度重なるイスラム教徒の来襲に備え徹底的に要塞化され、外観上はとても教会とは思えない姿をしている。

現在の聖堂は大修道院として発展した大建築の、一部の遺構だ。 他は全て取り壊されている。 裏に回ってみると本来の姿を垣間みることができる。



サン=ヴィクトール・バシリカ聖堂。
教会にはとても見えない外観。


サン=ヴィクトール・バシリカ聖堂の地下の礼拝室が見物。

ここは私にとってはとても思い出のある場所だ。
毎年2月2日にこの聖堂でお祭りが行われるが、10年ちょっと前の、それも2月2日に何も知らずに偶然ここを訪問した。
地下のマグダラのマリアの礼拝室を見ていた時に、居合わせた年配の男性からマグダラのマリアについて熱心な説明を受けて、それがきっかけでマグダラのマリアに興味を持つようになったのです。

異教の日本人に、熱心に説明するその姿がとても印象的で心に残っています。



サン=ヴィクトール・バシリカ聖堂。地下の礼拝室の彫刻。


イフ城(Chateau d'If)

アレクサンドル・デュマの『モンテ・クリスト伯』の舞台として有名。

旧港から船で20分程度。マルセイユの防衛拠点として1524〜1528年の短期間にフランソワ1世により建設された。
しかしながらその歴史は防衛拠点としてよりもむしろ監獄として有名だ。 ナント勅令廃止後は多数のユグノー(新教徒)も投獄されている。



(2005/05/14作成)
イフ城(Chateau d'If)





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